東京/横浜アルキテクト ー(85)ー

 

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   カップ・マルタンの波間に消えたモダニスト   ル・コルビュジェの建築  15

 

 

 

1914年8月に勃発した第一次世界大戦はヨーロッパ全土に未曾有の被害をもたらしました。

 

 

 

大戦が終結しヴェルサイユ条約が締結されると、平和な世界を継続させるためには若者たちの啓蒙が不可欠であり、そのために世界各国の若者が国境をこえて交流し学ぶための施設として1927年に「パリ国際大学都市」が設立されました。

 

 

 

今日では38カ国の学生館に140カ国をこえる国の若者が滞在し、グローバリゼーションの潮流の中でその役割がますます重要視されています。

 

 

 

 

 

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こちらはサヴォア邸の翌年、1933年に完成した「パリ国際大学都市」に建つコルビュジェの「スイス学生会館」です。

 

 

「白の時代(プリスム作品)」の到達点といわれるサヴォア邸。その屋上庭園の自由な曲線を描く壁に見られたそれまでにないプリミティブな表現。

 

 

それがこのスイス学生会館では、1階のサロンの荒々しい石の乱張りとファサードの湾曲し反り返った壁に、より発展した形で表現されています。

 

 

「ラ・ロッシュ邸」にもこの湾曲した壁は見られますが、機能性や合理性とは関係なくここまで大胆に採用したのはコルビュジェの作品では初めてです。

 

 

 

 

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学生会館の個室群を地上から持ち上げているピロティーの柱は様々なスタディーの結果、犬の骨の形を採用したとか。このとても居心地のよさそうなピロティーが、後のユニテダビタシオンのピロティーにつながっていきます。

 

 

 

 

 

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華奢なスチールと大胆なガラスブロックの組み合わせが美しい階段室。

 

 

 

 

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 こちらはサロンスペースの壁画、第二次大戦後コルビュジェ自身が描いたものです。ここで様々なイベントが開かれています。

 

 

 

 

 

 

 

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サロンのいたる所に飾られているコルビュジェのスケッチ。

 

 

 

 

 

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 こちらは南側のファサード。完成時はガラスブロックでしたが、後に外付けのブラインドを取り付けるなどの改修がなされています。

 

 

 

 

 

コルビュジェの「スイス学生会館」は1986年、フランスの歴史的記念建造物に認定されました。

 

 

 

ユネスコの世界遺産への登録準備が進むなか多くの学生が日々を送っていると同時に、シーズンには週に400人をこえる見学者が訪れています。

 

 

豪華なつくりの各国の学生会館が多い中、コルビュジェの「スイス学生会館」はひときわ異彩を放っています。

 

 

 

年々劣化する建物と上手に付き合いながら、常にアバンギャルドであったコルビュジェの建築に住む。そんな貴重な体験を求める若者たちと、日々修繕を重ねながら建築家と建物の価値を維持しようとする成熟した建築文化がこの建築を支えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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現在の日本の社会では、「建築=建設業」という短絡的で視野の狭い見方が強く、建築の世界が長い歴史の中で培ってきた、本来の豊かな可能性に接する機会はこれまで意外と少なかったように思います。 そこで、東京・横浜アルキテクトと題して日本の近代建築の足跡をたどりながら、「人間の生活の器」として建築が社会に対して果たすべき使命を考察します。

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