2010年8月
東京/横浜アルキテクト ー(25)ー

迎賓館 赤坂離宮ー3 時をこえる リビングジュエル
主庭側 外観

こちらは正面の反対側にあたる主庭のある南面の外観です。賓客が宿泊する部屋などがこちら側に配置されています。
イオニア式の双子柱が美しいバルコニーが、ベルサイユ宮殿のデザインを模した部分のひとつといわれています。
他にもベルサイユの正面に飾られている、太陽王ルイ14世の騎馬像や王冠をあしらったブルボン家の紋章などの装飾も、きっと参考にしたんでしょうね。

これは、主庭の中央に置かれた噴水池。グリフィンの像が噴水の廻りを取り囲んでいて、これほど重厚さと優美さを兼ね備えた噴水は、日本にはあまり見られないですね。この噴水も建物とセットで国宝に指定されています。

こちらの写真は、ウイーンのホーフブルグの新王宮です。最初の「迎賓館」の写真と見比べると雰囲気がよく似ているのがわかりますね。
遠く離れたウイーンと東京で、同じ時期に同じ様式で創られた兄弟のような建物が、まだ残っているんです。ちょっと不思議な感じがしませんか?
東京/横浜アルキテクト ー(24)ー
迎賓館 赤坂離宮 ー2 時をこえる リビングジュエル
正面 外観
さて、引き続き、迎賓館の外観のデザインをもう少し詳しく見てみましょう。
外観は花崗岩でがっしりと造られたネオ・バロック様式の2階建で完全なシンメトリー(左右対称)な宮殿であり、その両翼を手前に広げて、人々を抱き迎えるような形をしています。
正面の中央玄関前、馬車廻り(車寄せ)が設けられた上部には、コリント式オーダー4本で特徴的な大きなペディメントを支えるデザインが目を引きます。外壁のなかでも最も込み入った彫刻が施されていて、写真ではわかりにくいのですが、菊花ご紋章 ・旭日賞 ・瑞宝章などの勲章や日本古来の武器を集めたレリーフが見られます。
屋根の上部の左右には、青銅製の甲冑や弓矢をまとった武士像が置かれ、その下の壁面には、芸術科学・殖産興業を表すレリーフが施されています。階段室部分の上部には、金の星をちりばめた天球儀とそれを支えるように4羽の翼を広げた霊長が飾られていて、一見すると、国賓を迎える宮殿にこれらの威圧的なデザインはどうなのかな?
と、違和感を感じさせますが、建立当時の世界は帝国主義の時代、欧米列強と戦える軍事力・経済力を示すことが、近代国家を目指す日本には必要だったのでしょう。
また後ほどご紹介しますが、同じことが部屋の内装にも現されていて、当時の西欧の好戦的ともいえるデザインが各所に使われています。

正面屋根に飾られたレリーフ。甲冑をまとった武士像と世界の覇権を主張するかのような
天球儀と霊長(架空の鳥)、初めて見るとちょっと驚きますよ。
東京/横浜アルキテクト ー(23)ー

迎賓館 赤坂離宮 ー1 時をこえる リビングジュエル
今回は迎賓館赤坂離宮を紹介します。
迎賓館では年に一度、国賓・公賓の少ない今の時期に、建物の1部が一般公開されています。(先行予約制ですが)
四ッ谷駅から外堀どうり越しに見える宮殿のような建物が迎賓館ですね。
迎賓館は、かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった広大な敷地の一部に、明治42年(1909)に東宮御所(皇太子のお住まい)として建設されたものです。
建物の構造は鉄骨補強煉瓦造地下1階・地上2階で、建物の規模は、延べ床面積4653坪・東西125M・南北89M・高さ23Mです。
外壁は花崗岩で厚く覆われ、壁厚は厚いところで1.88Mもあり、関東大震災でもびくともしなかったそうです。
設計の総指揮をとったのは片山東熊。J.コンドルの直弟子で、東京駅の辰野金吾の同期生です。西洋の宮殿に遜色のない立派な宮殿を建設することは、当時の建築技術のレベルでは極めて困難なことでした。
片山はバロック様式の代表であるフランスのベルサイユ宮殿・ルーブル宮殿を模範に、イギリスのバッキンガム宮殿なども参考にして設計したそうです。鳥の翼のように左右に張り出て湾曲した正面の外観はウイーンの新王宮にもよく似ています。
欧米の建築技術・建築美の粋を集めて建設された迎賓館は、日本唯一のネオ・バロック様式の宮殿建築であり、明治期の日本の洋式建築の集大成と呼べるものです。
迎賓館の中に入って頭に浮かんだのはリビングジュエルという言葉。 まさに時空をこえて生き続ける宝石のような建物です。