2010年7月

東京/横浜アルキテクト ー(22)ー

 

明治生命館1W500.jpg

 

           丸の内のクラシック建築をあじわう 

 

     明治生命館 ー4      記憶へのオマージュ

 

 

「歴史的建築物の保存と活用という文化保護の新たな観点に立ち、それを自ら実践することで、丸の内一帯の風格ある景観を守り、街の新たな活性化に貢献する」・・・平成になって、当時の所有者である明治生命はこの建物の全館保存を発表し、平成9年に明治生命館は国の重要文化財に指定されました。

そして2004年、明治生命館の全館保存と、その隣接地に超高層タワーを建設する再開発を両立させた「丸の内MY PLAZA」プロジェクトが完成しました。

 

超高層タワーの明治安田生命ビルと明治生命館は陽光を透すガラスの屋根で一体化され、本館部分の外壁洗浄と東面外壁の復元工事も完了し、新しい景観を創りだしています。洗浄によって本来の美しさを取り戻した石の外壁は、まばゆいばかりの輝きを放っています。このような超高層タワーと洋式建築の共存という手法には様々な見解があるとおもいますが、新築のタワーと遜色のない機能性と居住性をも実現することで、「歴史的建築物を積極的に活用することで保存する」というテーマに対する、ひとつの答えを見出すことができるのではないでしょうか。

 

明治生命館の改修工事に関った人たちは、異口同音にこう語るそうです。「このような建物はもう2度と建てられない」・・・

名建築を後世に残し、大切に保存するために、積極的に活用するという視点は、今後いっそう重要になってくると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治生命館アトリウム.jpg明治生命館と新築のタワーが、ガラス屋根 で一体化されたアトリウム。歴史を感じさせる豊かな空間を演出しています。

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京/横浜アルキテクト ー(21)ー

 

明治生命館1W500.jpg

 

       丸の内のクラシック建築をあじわう

 

      明治生命館 ー3   明治生命館をつくった人々

 

明治生命館の建物概要・規模は、鉄骨鉄筋構造地下2階・地上8階建・延べ面積31.762?・軒高約31M(100尺)で、外装の石材には岡山県北木島産の花崗岩が使われています。

 

建築顧問は現東京大学建築学部1期生でJ.コンドルの弟子として三菱赤煉瓦街の建設に携わった曾根達蔵。

意匠設計は古典主義様式に精通し、「洋式建築の名手」と称された現東京芸大の岡田信一郎。後に、歌舞伎座・ニコライ堂などの改修工事を手がけたことでも有名ですね。

そして、後に東京タワーの設計を手がける内藤多仲が構造設計を担当するなど、明治生命館の建設には当時の建設界を代表する人々が多数関っています。

 

明治生命館の場所は、当時赤煉瓦の三菱2号館が建っていました。J.コンドルとともにその建設に携わった曾根は、当初2号館の解体に難色を示していたそうですが、岡田の強い進言によって現在の大規模な計画を受け入れたようです。

岡田もまたJ.コンドルの墓参りをして三菱2号館の解体の報告をした上で、設計に着手したそうです。しかし、岡田は着工後間もなく、急な病に倒れ急逝します。そして弟の岡田旋五郎が兄の意思を引き継いで明治生命館を完成に導きました。いろんなドラマがあったんですね。

 

 

d0147406_235543100.jpg   左側のドーム屋根がある建物が三菱2号館。明治生命館の建設により、三菱の赤煉瓦街の中で最も早く解体される運命をたどることとなりました。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京/横浜アルキテクト ー(20)ー

明治生命館1W500.jpg

 

   丸の内のクラシック建築をあじわう

 

   明治生命館 - 2

今回は明治生命館の内部空間を観てみましょう。

内観も外観同様に古典主義の意匠で構成されていて、荘厳な雰囲気が漂います。

特に現在も営業室として使われている吹き抜けの大空間は、見る者を圧倒する存在感があり、空間の構成力と技術力の高さにはただただ驚かされます。また各所にディティールへのこだわりを感じさせる装飾が施されていて、「エッグ&ダーツ」・「ビーズ&リール」・「スクロール」・丸い花型の「ロゼッタ」といったギリシャ・ローマ建築から脈々と受け継がれてきた華麗な彫刻のデザインを観ると、巷でよく見かける単なるデコレーションとは違い、人間の悠久の歴史と叡智を感じさせます。もちろん明治生命館だけではなく、世界中の古典主義建築にも同じデザインが使われているわけで、これは理屈ではなく人類の暗黙の約束事なんですね。

 

明治生命館に漂う厳かな雰囲気は、なかなか言葉では伝えきれません。土曜・日曜に一般公開されていますので、興味のある人は一度足を運んでみてください。きっとロマンを感じさせてくれますよ。

 

 

 

明治生命館内観.jpg吹き抜けを取り囲む廊下の様子。イタリア産ポティチーノクラシコなどの大理石が なんともいえない雰囲気をかもしだしていますね。

柱や壁に施されているのが、ギリシャ・ローマから受け継がれているデザイン。

 

 

 

東京/横浜アルキテクト ー(19)ー

明治生命館1W500.jpg

 

 

丸の内のクラシック建築をあじわう

 

明治生命館 ー1

 

ちょっと寄り道をしましたが、再び丸の内のクラシック建築を巡っていきましょう。  今回は明治生命館です。

明治生命館の主要な意匠は、古代ギリシャ・ローマを源流とする古典主義の建築様式で構成されています。なかでもひときわ印象的なのは、建物の5層分を貫いて立ち並ぶ巨大なコリント式の列柱でしょう。西欧の古典主義建築にもひけをとらない圧倒的な存在感です。

 

この列柱には、エンタシスと呼ばれる、視覚矯正のための微妙なふくらみが付けられ、上部に行くほど細くなっています。そして柱頭には

紀元前から用いられている、アカンサス(西洋あざみ)の葉をモチーフにした伝統的なデザインが使われています。

建物全体は、重厚な石積みの基層階(グランドフロア)を築き、その上に列柱からなる主階(ピアノノービレ)を置き、さらにその上層に屋階(アティックストーリー))を乗せるという古典主義建築の伝統的な壁面三層分割の手法によって構成されています。

 

明治生命館が完成したのは、昭和9年(1934)3月、日本における古典主義建築の最高傑作との高い評価を得るとともに、たびたびの改修に際しても建設当時のデザインを大切に守り続けています。往時の姿を今に伝える明治生命館は、昭和の建物としては初めて国の重要文化財に指定されています。

 

 

 

明治生命館2W500.jpg コリント式列柱の柱頭を飾る優美なアカンサスの葉のモチーフ(若い女性のプロポーションをあらわしているそうです。失礼!)

明治生命館にはまだまだ特筆すべきものがたくさんあります、その辺りはまた次回に。                                                                                  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京/横浜アルキテクト ー(18)ー

 

 

 

interview_photo_ginza.jpg

 

         銀座煉瓦街  3

 

銀座煉瓦街は関東大震災によって壊滅的な被害を受け廃墟と化します。その後の帝都復興事業により、バラックとなった煉瓦街は一掃され、その生涯を閉じました。昭和60年代になってビルの建設現場から当時の煉瓦街の遺構が発見されます。それによると煉瓦街1区画の大きさは間口3間x奥行き5間の15坪だったそうです。このあたりはもともと入江を埋め立てた場所で、湿気がひどく、壁が多くて窓の少ない煉瓦住宅は当時の日本人の生活にはあまり適さず、住民はまどを大きく改造したり、間取りを変更したりしながら苦心して住んでいたそうです。政府から無理やり押し付けられた煉瓦住宅は当初不人気で空家も多かったようです。

 

しかし、築地の外国人居留地に近く、丸の内・日本橋の政治・経済の2大拠点に隣接した煉瓦街には読売・朝日・報知新聞をはじめとして20紙を超える新聞社が集まり、さらに通信社・雑誌社・出版社も次々と銀座煉瓦街に進出してきました。こうして新しい考え方・新しいニュース・新しい商品が集まる日本一の情報集積&発信基地として銀座煉瓦街は発展していったのです。

 

煉瓦街ジオラマ.jpg

 

これは江戸東京博物館に展示されているジオラマです。当時の銀座煉瓦街のいきいきとした様子が伝わってきますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.I.C.E. TOPへ

F profile

現在の日本の社会では、「建築=建設業」という短絡的で視野の狭い見方が強く、建築の世界が長い歴史の中で培ってきた、本来の豊かな可能性に接する機会はこれまで意外と少なかったように思います。 そこで、東京・横浜アルキテクトと題して日本の近代建築の足跡をたどりながら、「人間の生活の器」として建築が社会に対して果たすべき使命を考察します。

Category

最新のコメント