2010年4月

東京/横浜アルキテクト ー(13)ー

 

tokyostation1.jpeg丸ノ内のクラシック建築をあじわう

東京駅 ー2

 

ルネサンス様式の建築で最もお馴染みなのが東京駅丸ノ内本舎です。辰野金吾はオランダのアムステルダム駅を模してデザインしたといわれています。

ルネサンス様式とは15・16世紀にイタリアを中心に流行した様式で古典復興という性格を持っています。

古典とは紀元前のギリシャ・ローマ建築を指します。その特徴は水平美の追求とオーダー(柱の構成)などの厳格なルールにあり、明治期の日本の近代建築はこのモデルに習って建てられているんですね。

東京駅もルネサンス様式の特徴がよく現れていますが、単調になりがちな331mもの長さを克服するために、3箇所のエントランス部分には垂直性を強調するゴシック様式を採用しています。

ルネサンスにゴシックを織り交ぜて建築をつくりあげる辰野金吾独自のスタイルがよく現れています。

 

 

東京/横浜アルキテクト -(12)-

mitubisi55big.jpgのサムネール画像

丸ノ内のクラシック建築をあじわう

 

時代のうねりに翻弄されビジョンなきまま統一と混在を繰り返し進化をつづける丸ノ内 ですが、日本の近代建築の足跡を残す歴史的建造物がまだ多く保存されています。今回からはそんなクラシック建築を一緒に楽しみましょう。

 

丸ノ内といえばやっぱり東京駅でしょう。

東京駅は大日本帝国憲法が発布された明治22年(1989)東京市区改正条例に伴って中央停車場として位置決定され、明治39年辰野金吾による設計がスタートし、大正3年に竣工・開業しました。

長さ331M、世界最大規模の駅舎は躍進する明治日本を象徴するかのような威容を誇り、まさしく国家の栄光を示すものとして当時の人々の目に映ったことでしょう。当初は最新の鉄筋コンクリート造で計画されたようですが、新しい工法にどうしても信頼を持てなかった辰野は結局、実績のある鉄骨レンガ造を選択しました。完成時は3階建でしたが東京大空襲で駅舎は炎上し、その後の改修で2階建に、また特徴的だったドーム屋根は8角形の屋根に修復されました。

現在、東京駅は完成当時の姿に復元する工事が急ピッチで進められています。

 

 

tokyostation1.jpeg 竣工当時の東京駅の様子

辰野金吾晩年の作品である東京駅舎は英国クイーン・アン様式を取り入れただけでなく、デザインにも様々な工夫がなされています。

その辺りの話はまた次回に。

 

 

 

 

 

東京/横浜アルキテクト 丸の内編ー(11)ー

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現在(第4世代)の丸の内

 

明治期に日本初のオフィスビルが誕生した赤レンガ街の第1世代・大正期から戦前期にSRC造、RC造の新技術の導入により、大規模化した第2世代・戦後の美観論争を契機に100Mを超える高層化がすすんだ第3世代・そして平成をむかえ、次々と超高層タワーへの建替えがすすみ、新たなスカイラインが造られつつある現在の街並みは丸の内の第4世代といえるでしょう。

東京銀行協会ビル、DNタワー、丸の内ビルディング、三菱信託本店ビル、明治安田生命ビル、丸の内オアゾ、新丸の内ビルディング、三菱パークビルディングなどの超高層タワーが平成になって競うように建設されています。

賛否両論様々ですが、特徴的なのは高さ31Mの表情線と歴史的建造物の保護を日本人的な曖昧さで、とりあえずの解決が図られながら建設されているという点があげられます。

現在建替えがすすんでいる東京中央郵便局もそうですよね。

 

 

現在の仲どうり.jpeg

現在の仲どうりの様子。31Mのラインが保存された上にタワーが乗っているかのような街並み

 

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日比谷道りから見た様子。右端が明治生命館を保存しながら建てられた明治安田生命ビル

 

 

様々な問題をかかえながらも丸ノ内は規則的に、そしてスパイラルのように統一と混在を繰り返しているかのようです。歴史的景観の保存と時代の要請、矛盾する課題に応えながらこれからも丸ノ内は進化しつづけていくのでしょう。

 

 

 

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F profile

現在の日本の社会では、「建築=建設業」という短絡的で視野の狭い見方が強く、建築の世界が長い歴史の中で培ってきた、本来の豊かな可能性に接する機会はこれまで意外と少なかったように思います。 そこで、東京・横浜アルキテクトと題して日本の近代建築の足跡をたどりながら、「人間の生活の器」として建築が社会に対して果たすべき使命を考察します。

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