東京/横浜アルキテクト ー丸の内編(9)ー

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「丸の内美観論争」勃発

 

1963年の建築基準法改正(絶対高さ制限の撤廃)を契機に丸の内の景観をめぐって様々な意見の対立が巻き起こります。

 

1966年・東京海上ビル超高層建替え計画(高さ127M)が打ち出されたのをきっかけに、「丸の内美観論争」が勃発しました。東京都は美観条例を制定して超高層ビルの規制を意図します。三菱地所や文化人たちが規制に賛同しますが、建築関係5団体は建築規制反対意見書を都市計画審議会に提出し、猛然と反発。佐藤栄作首相の「皇居を見下ろすような超高層ビルはけしからん」発言で政治的様相をも呈していきます。

 

そのような状況の中、前川国男設計の新東京海上ビルが建築確認申請を提出。しかし、東京都はこれを却下、東京海上火災側もこれを不服として建築審査会に再審請求、建築界も東京都の態度に反対を表明するなど議論は混迷を極めます。

結局、政・財・官・民を巻き込んでの大論争となった「丸の内美観論争」は最高高さ100Mで妥結し、1974新東京海上ビル本館が完成しました。

 

 

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       日比谷上空からみた丸の内。東京海上ビルや三菱銀行

       などが超高層ビルに建替えられた時期の様子。

 

       これをきっかけに丸の内の景観は再び大きく変わっていく

       ことになるのです。

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現在の日本の社会では、「建築=建設業」という短絡的で視野の狭い見方が強く、建築の世界が長い歴史の中で培ってきた、本来の豊かな可能性に接する機会はこれまで意外と少なかったように思います。 そこで、東京・横浜アルキテクトと題して日本の近代建築の足跡をたどりながら、「人間の生活の器」として建築が社会に対して果たすべき使命を考察します。

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