東京/横浜アルキテクト ー丸の内編(2)ー

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丸の内編(2)

「ビジネス街としての丸の内」の歴史は、明治23年三菱の二代目岩崎弥之助が10万坪余りの土地を政府から高額で払い下げを受けたことから始まります。ここは江戸時代には大名屋敷や武家屋敷が立ち並んでいた所ですが、明治維新後は軍用地として利用され、陸軍の錬兵場という名の茫漠とした荒野でした。その後「三菱ヶ原」と呼ばれていたこの地区を日本のビジネスセンターにしようと考えた弥之助はいち早く木造を禁止し、容積率やスカイラインをはじめとする細かな建築制限を打ち出しました。模したのはロンドンのロンバート街だと言われています。

個々の建物のデザインは少しずつ違うものの、軒の高さを50尺(約15M)に揃えストリート性と街並みの統一性が強調されています。うーん、何度見てもエキゾチックですよね。

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現在の日本の社会では、「建築=建設業」という短絡的で視野の狭い見方が強く、建築の世界が長い歴史の中で培ってきた、本来の豊かな可能性に接する機会はこれまで意外と少なかったように思います。 そこで、東京・横浜アルキテクトと題して日本の近代建築の足跡をたどりながら、「人間の生活の器」として建築が社会に対して果たすべき使命を考察します。

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